AIシステム開発の教科書|PoCで終わらせない本番運用を見据えた設計と進め方
本番運用で成果を出す設計と進め方
2026-02-16

生成AIの普及により、「うちの会社もAIを導入した方がいいのでは?」と検討する企業は一気に増えました。一方で、次のような声もよく聞きます。
・PoCでは動いたのに現場では使われなくなった
・精度は悪くないのに業務の工数は減らない
・運用が大変でいつの間にか放置されている
実は、これらはAIの性能そのものが原因ではありません。
多くの場合、AIが業務にきちんと組み込まれておらず、例外対応や運用ルールまで考慮した仕組みになっていないことが問題なのです。
そこで本コラムでは、「AI = 業務で成果を出すシステム」と捉えて整理していきます。
「どんな課題にAIを使うべきか」「どのような状態になったら成功なのか」「陥りやすい落とし穴は何か」など、AI導入におけるポイントをわかりやすく解説していきますので、ぜひ参考になさってください。
目次
そもそもなぜAIは使われなくなるのか
AIを導入したのに、いつの間にか使われなくなるのは珍しい話ではありません。
まずは、AI導入でよく起きる失敗を整理しながら、「なぜ現場で使われなくなるのか」をわかりやすく解説します。
精度は高いのに工数が減らない
AI導入でよくある失敗が、「精度は悪くないのに、現場の負担が減らない」ケースです。
原因はシンプルで、AIの結果を信用しきれず、結局すべて人が確認しているからです。
たとえば問い合わせの自動分類でも、最終的に全件チェックするなら、作業時間はほとんど変わりません。この状態では「AIを入れたのに、むしろ手間が増えた」と感じられ、使われなくなってしまいます。
そのため、導入前に次の3点を決めておくとよいでしょう。
・どこを自動化するのか:AIの結果で、どの判断を置き換えるのか
・何の工数を減らすのか:誰のどの作業時間を減らしたいのか
・迷ったときは誰に戻すのか:例外は誰が何を基準に判断するのか
あわせて、自動処理率と人の確認工数をセットで追うと、成果が数字で見えるようになります。
AIは確率的に揺れる部品だと理解する
従来のシステムは、同じ入力なら同じ結果を得られますが、AIは違います。これはデータから推測するためで、入力の変化や環境の違いで結果が揺れるのです。
この前提を無視すると、想定外の入力が来た瞬間に業務が止まり、結局すべて人が対応する流れに戻ってしまいます。
だからこそ、以下の設計は欠かせません。
・信頼できる結果だけを自動化する
・それ以外は人に戻す条件を決める
・劣化に気づけるようログを残す
AIは「業務設計 × データ × 運用」で決まる
AIの成果を決めるのは、AI単体ではありません。
・業務設計:どこで使い、どう戻すか
・データ:正解の定義と、集め続ける仕組み
・運用:監視・改善・再学習の回し方
この3つが揃って初めて、AIの精度が「業務の成果」に変わります。
AI導入の判断基準
AI導入で一番大事なのは、「AIでできるか」ではなく「AIを導入するべき課題かどうか」です。AIは強力ですが、設計や運用の前提が増える分、導入前にしっかりと考えないといけません。
AIを導入しない方がいいケース
まずは、次で解決できないかを確認します。
・ルール化できる業務:条件分岐がはっきりしている
・SaaSで足りる業務:要件が一般的で差別化が少ない
・業務フローが原因の業務:入力がバラバラ、承認が多すぎる
見極めは難しくはありません。
「AIがなくても、入力が整えば回る」のであれば、先に整えるべきは入力とフローです。AIで無理に上書きすると、後で運用負荷として跳ね返ります。
AIを導入した方がいいケース
AIが効果を発揮するのは、人が見れば判断できるのに、ルールとして書けない領域です。
具体的には、次の条件が揃うほど導入しやすくなります。
・暗黙知:担当者の経験で判断しており、基準が文章化できない
・例外の多さ:分岐が増えすぎてルールが破綻する
・データ化:入力と判断結果をログとして残せる、または残す運用にできる
なお、最初から100%自動化を狙う必要はありません。
「信頼できるものだけ自動、あとは人」この設計の方が安全で成果につながります。
成功定義は「精度」ではなく「業務の成果」
よくある失敗は、精度の数字だけで成功・失敗を判断してしまうことです。
本来、先に決めるべきは、業務の成果です。
・工数はどれだけ減ったか
・リードタイムは短くなったか
・見逃しと誤検知は減ったか
「どの指標が改善すれば成功か」が揃うと、後の要件定義やPoCで迷走することはないでしょう。
PoCを止める基準
PoCに入る前に止めるべきサインも明確です。
以下の情報が揃っていない場合、無理に進めても成功しません。
・責任者不在:例外処理と運用ルールの意思決定者がいない
・データ不明:所在、形式、管理者が曖昧で、準備コストが読めない
・失敗未定義:個人情報、機密、誤案内など許容できない事故が未整理
この3つが揃っていないまま進めると、たとえ精度が出ても、本番で使うことはできません。AIはあくまで手段です。何を解決したいのか、何を成功とするのかを先に決めることが大切です。
【関連記事】
ビジネスにおけるPoCとは?手順やメリット、デメリットについて解説
要件定義の考え方
AI開発の要件定義は、画面の見た目や仕様を決めるだけでは終わりません。現場で成果を出すためには、業務の中でどう使われるかまで具体的に決める必要があります。
ここが曖昧だと本番で止まってしまうため、本章では要件を4つの視点に分けて整理していきます。
視点1:業務要件
AIを業務で使うには、「どこで判断に使うのか」を明確にする必要があります。
特に重要なのは次の点です。
・どの判断をAIに任せるのか
・判断に迷ったとき、誰に戻すのか
・最終的な責任は誰が持つのか
これが決まっていないと、現場は不安になり、結局すべて人が確認する流れになります。
視点2:AI要件
ここで決めるのは、「どう作るか」ではなく「どう振る舞ってほしいか」です。たとえば、以下を定める必要があります。
・何をするAIなのか(分類・予測・文章生成など)
・どんな形で結果を出すのか
・どれくらいの速さで動く必要があるのか
・どれくらい止まらずに動く必要があるのか
また、生成AIの場合は、「根拠を必ず示す」「出してはいけない内容を決める」といったルールも先に決めておくと安心です。
視点3:データ要件
AIの性能は、使うデータでほぼ決まります。後から直すのが大変なので、最初にしっかり確認する必要があります。
・正解は何か(誰がどう判断するのか)
・データはどれくらいの細かさか
・どのくらいの頻度で増えるのか
・欠けているデータはないか
・業務の変化でズレが出そうか
視点4:セキュリティ要件
本番で止まる原因として多いのが、セキュリティの話が後回しになっているケースです。
以下を先に決めておくと、後から「やっぱり使えない」という事態を防げます。
・個人情報を扱うかどうか
・データをどれくらいの期間保存するか
・誰がどこまで見られるか
実現性評価について
要件が決まったら、次は「作れるか」よりも「使い続けられるか」を確認します。
AIは「入力が揃わない」「例外が多い」「監視できない」といった理由で止まりがちです。PoCに進む前に、こうした不安要素をできるだけ潰しておくことが大切です。
ベースラインを知る
まずは下限を知ります。ゼロから作る前に「既にあるものでどこまで行けるか」を確認すると、投資判断が速くなります。
・既製API:OCR、要約、音声認識などを部品として使えるか
・SaaS:目的の大半を満たす製品がないか
・簡易モデル:ルールや単純モデルで最低限の性能が出るか
ベースラインがあると、PoCで追うべき改善幅が明確になります。
データ監査を行う
次にデータの中身を確認します。データが精度と運用コストを決めます。
・量:必要な粒度で十分な件数があるか
・偏り:期間、拠点、担当者などに偏っていないか
・ラベル可能性:正解を定義でき、付与体制を作れるか
・ノイズ:欠損、誤記、形式揺れがどの程度あるか
ここでラベルの揺れや入力ばらつきが大きいなら、先に業務の整理が必要になります。
運用監査を行う
AIは本番で劣化し得るため、「維持できるか」を検証します。
・入力品質:現場の入力が継続的に揃うか、変化しやすいか
・例外動線:迷うときに人へ戻す条件と戻し先が決まっているか
・再学習:いつ、何をトリガーに、誰が判断して回すか
費用とリスクを確認する
最後に、費用とリスクを確認します。
・実装:開発工数、インフラ費、外部サービス費
・運用:監視、障害対応、再学習、データ更新の工数
・人件費:ラベル付け、レビュー、現場の確認負荷
・法務:個人情報、契約、監査対応、説明責任
この4点を並べると、「十分に前提が揃っているか」を判断でき、PoCの設計も一気に具体化します。
PoC設計について
PoCは「作れることの証明」ではなく、「本番で成果が出る見込みがあるか」を最小コストで確かめる工程です。設計が曖昧だと、精度は出ても判断ができず、延長戦になりがちです。この章では、PoCを意思決定の材料にするための要点を整理します。
PoCで決める3つのこと
PoCの成果物はデモではなく、次の3点です。
・成果が出そうか:業務の工数や時間が、本当に改善しそうか
・どれくらいデータが必要か:目標に届くために、どれくらいの追加データが必要か
・現場で回せそうか:入力、例外対応、監視を無理なく続けられるか
この3点が揃うと、次に進むか止めるかを社内で判断できます。
評価設計
PoCでありがちな失敗は、「PoCでは良かったのに、本番では使えない」ことです。
それを防ぐために、
・本番に近いデータで試す
・未来の情報を混ぜない
・実際の入力のバラつきをそのまま使う
こうした点を意識します。
評価を丁寧にすると、PoCの結果がそのまま本番の目安になります。
Go/No-Go基準
基準は「数字」と「業務条件」をセットにします。
・数字:モデル指標と業務指標の最低ライン
・業務条件:例外の戻し先、承認フロー、運用体制が成立するか
数字だけ満たしても、運用条件が成立しなければNo-Goです。逆に数字が不足しても、追加データで改善の見込みが説明できるならGoの判断ができます。
誤解の排除
PoCで精度が出ても本番化できない理由は、AIそのものではなく業務と運用にあります。
・入力が本番で揃わない:現場のばらつきで性能が落ちる
・例外が設計されていない:迷うケースで止まり、人が疲弊する
・監視がない:劣化に気づけず、静かに使われなくなる
PoCの役割は精度を提示することではなく、「本番で回る条件」を揃えることです。
本番化の核心
PoCの次に直面するのは精度を上げることではなく、「運用しながら改善できる状態を作ること」です。導入時点で完璧を目指すより、運用しながら改善できる仕組みを先に整える方が成功します。この章では、AIを改善可能な資産に変えるための要点を整理します。
データ設計
AIの精度は、モデルよりもラベル(何を正解とするか)で決まります。定義が揺れていると、どんな高性能モデルでも学習できませんので、まずは正解の境界を文章で固定します。
・ラベル定義:何を正解とし、何を例外にするか
・ガイドライン:迷うケースの判断基準を具体例で揃える
・品質管理:試し付け→すり合わせ→本番付けの順で揺れを潰す
特に重要なのは「迷うケースを放置しない」ことです。迷いはそのままノイズになり、本番での不信感につながります。
学習と評価
評価指標は必要ですが、数字だけ追うと改善が止まります。本番で大事なのは、失敗の類型化と原因の切り分けです。
・どんな失敗が起きたか
・なぜ失敗したのか
・どのように改善するのか
ここまで落としこむと「AIを直すべきか、業務を直すべきか」が判断できます。
説明と信頼
本番では100%自動化より、安全な自動化が重要です。重要なことは「いつ人に戻すか」を要件として固定することです。
・自動化範囲:信頼度が高い領域だけ自動
・戻し条件:低信頼、未学習領域、ルール違反、などを明確化
・判断基準:戻されたときに現場が迷わない基準を用意する
信頼度を扱う設計があると、誤りが起きても事故になりにくく、現場の納得感も上がります。
変更への備え
本番では入力も業務も変わります。その変化を前提に、計画をつくります。
・ドリフト監視:入力されるデータの傾向が変わっていないか
・更新計画:いつ・どのような条件で更新するか、また担当者や手順はどうするか
・データ回収:失敗例と例外理由を記録する
変更に強い設計であれば、AIは「一度作って終わり」ではなく、改善できるシステムとして定着します。
本番運用について
AIを現場に出すと、想定外のことが次々に起こります。この章では、現場で使い続けるために必要な、最低限の運用を整理します。
提供形態
提供形態は、技術都合ではなく業務フローで決めます。
リアルタイム判断が必要ならAPI、夜間集計ならバッチが向きます。機密要件が厳しいならオンプレ、更新頻度と拡張性を重視するならクラウドが有利です。重要なのは、応答時間、同時利用数、障害時の代替手段を含めて「止まらない形」を先に決めることです。
最低限の運用
本番で最低限必要なのは、改善に必要な情報が残ることです。最小構成は次の4つです。
・ログ:入力と結果を残す
・監視:エラー率、自動処理率などの確認
・アラート:異常に気づける
・モデル管理:モデルとデータの版管理
ここが揃うと、不具合や劣化を「感覚」ではなく「事実」で扱うことができます。
品質保証
AIは一度に全体へ展開すると事故になりやすいです。段階リリースで影響範囲を絞り、問題が出たら即座に戻せる設計にします。
・段階リリース:一部だけで試す
・ロールバック:問題があればすぐに戻す
・A/Bテスト:比較して結果を見る
指標だけでなく、工数やリードタイムなど業務の観点で保証するのが要点です。
再学習運用
劣化は必ず起きます。だからこそ、再学習は「必要になったらやる」ではうまくいきません。
・トリガー:何がエラー要因になっているのか
・判断者:誰が判断をするのか
・手順:どのような手順で行うのか
これを先に決めると、AIは本番で育つ資産になり、成果を継続できます。
まとめ|AIシステム開発を成功させる3原則
原則1:課題選定はAIの前に決める
AIは最後の選択肢に置くほど成功します。ルールやSaaS、業務再設計で解ける課題にAIを当てると、運用負荷だけが増えます。「人にはできるが言語化できない」判断基準であり、入力とログが揃う課題を選ぶことが重要です。
原則2:KPIと例外処理を要件に落とす
精度が高くても工数が減らない原因は、業務KPIと例外動線が未定義だからです。自動処理率と確認工数で成功を定義し、迷うケースを誰に返し、何を基準に判断するかまで要件に固定します。
原則3:運用と改善の回路まで含めて設計する
AI導入はゴールではなくスタートです。ログ、監視、アラート、版管理を最小構成で揃え、再学習のトリガー、判断者、手順を決めます。AIを「作る」から「育てる」へ転換できた組織が、継続的な成果を出すことができます。
監修者プロフィール
フレシット株式会社 代表取締役 増田 順一
柔軟な発想でシステム開発を通して、お客さまのビジネスを大きく前進させていくパートナー。さまざまな業界・業種・企業規模のお客さまの業務システムからWEBサービスまで、多岐にわたるシステムの開発を手がける。一からのシステム開発だけでは無く、炎上案件や引継ぎ案件の経験も豊富。システム開発の最後の砦、殿(しんがり)。システム開発の敗戦処理のエキスパート。

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